EAT Café について

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「あくまで表現をおこなう1つの場としてアプリがある」~個人でできるアプリ開発~ゲストスピーカー 成瀬つばささん

「おれは」「お前は」「マイケル」「yeah」。
並んだ4つの単語を目にしただけで、これらがなにを示しているのかピンとくる人も多いだろう。斜にかまえた日本語ラップが脳内再生される、という人も少なくないはずだ。この言葉が書かれたボタンを押すだけで、だれでも楽しくHIP HOPのビートを刻めるiPhoneアプリ『ラップムシ』を含む『リズムシシリーズ』は、いまや300万ダウンロード以上を誇るキラーコンテンツに成長。第5回EAT Cafeでは、その『リズムシシリーズ』を制作したメディアアーティスト成瀬つばささんにそのコンセプトをうかがった。一見かわいらしい手書きの、おもちゃのようなアプリケーションの裏には、緻密に計算されたクオリティが隠されていた。
成瀬つばささんWebサイト『オトノアソビバ』:http://otonoasobiba.hiroimon.com/

「『リズムシ』は音楽ツールではありません」

 iPhone用アプリ『リズムシシリーズ』は、ボタンを押すとリズムシというかわいらしい手描きのキャラクターがアニメーションして音が出るという、ちいさな子どもからお年寄りまで楽しく音楽に接することができるシンプルなアプリケーションソフトだ。成瀬さんは、このコンテンツは「ツール」として作成したわけはない、と語った。

 

「ゲームとして、音楽ツールとして、といった感覚ではなくアート作品としてつくっているという意識があります。『ラップムシ』にしても、HIP HOPミュージックを分解してアプリのなかで再構成する、いわゆるジェネレイティブ・ミュージック(生成音楽)としての意味合いが大きいです。ただ、App Storeの様な場所では、こちらがアート作品だとアピールしたところで、常にそう受け取ってもらえるとは限らないんですよね。そういう意識をせずとも楽しんでもらえるように、シンプルで直感的に遊べるかどうかということにはすごく気を使っています」

 国立音楽大学卒業後、多摩美術大学の大学院に入った頃より、iPhoneアプリ向けのプログラミングの勉強を始めた。そして2010年の5月28日にApp Storeより『リズムシ』の配信をスタート。とくにプロモーションをおこなわずとも少しずつランキングが上がっていき、2週間後には1万ダウンロードを超えたという。その当時のApp Store内は、大手企業も手探り状態でなかなか参入できず、現在とくらべるとまったく違う状況だったそうだ。

「アプリのユーザーもコアな人たちが多く、音楽アプリも個人で自由につくっていいはずなのに、企業が制作するようなものに準じた固いデザインがほとんどでした。そのなかでこの手描きのアイコンが配信されたときに、ものすごく目立ったんです」

アーティストとしての姿勢が成功を呼び寄せた

“ふだん積極的に音を使って遊ぶということを体験していない人たちに、その楽しみを知ってもらいたい”と柔らかいタッチのデザインを採用したことで、音楽アプリに興味のなかった人たちを引きつけ、いまでは『リズムシシリーズ』はアプリ全体で300万ダウンロードを超える大ヒット作となった。iPhoneアプリの市場が成熟する前での、このヒットにはある程度のもくろみがあったのだろうか。

 

「大きなポイントがあるとすれば、いまはiPhoneのアプリケーションが一般化したことで、多くの人がそれをベースに発想を考えていますよね。自分の場合はそもそも先につくりたいものがあって、登場したiPhoneがそれを実現するのにぴったりだった。だから結果的にこれを選んだという違いはあります」

 マーケティングする“商売人”ではなく、あくまで表現にこだわった“アーティスト”としての音楽に対する純粋な意志が、成功を呼び寄せたのかもしれない。

セルフプロモーションとタイミングがすべて

 「こだわったポイントは、広告を排除すること。そしてネットワークを制限するということです」成瀬つばささんが提唱する理念は、わたしたちが想像している“アプリ商売の方法”とはまったく逆のものだった。

「いまくらいのダウンロード数になると広告を出したいという話も発生します。でも広告を入れてしまうと『リズムシ』の世界観にいろいろと横やりを入れられる可能性が生まれる。それなりの金額がふところに入ってくるんでしょうが、実際に広告を付けたときの雰囲気の壊れ方やイメージダウンは数百万で取り戻せるようなものではないと思うんです」

 むしろ現実的に、金銭面の視点で見ても広告収入に頼らないほうがメリットは多いと考えているそうだ。現在、このキャラクターを使ったグッズの販売や、雑誌でのイラストの連載など、アプリ以外の他メディアの露出が増えているなかで、どのようにコントロールしていくかはとてもセンシティブな問題だと語る。イメージを保つことで新しい付加価値が生まれることまで考慮したブランディングに、その場にいる全員が唸らされた。“どこかに所属する、ということは意識して避けています”という姿勢からもその徹底ぶりはうかがえる。
 ネットワークを制限する理由は、自身の世代に対するノスタルジーも関係しているという。

「私が子供のころに経験したコンテンツには、ひとつの場所に集まってみんなで楽しむものが多かった。だからこその影響もあるのでしょうが、通信しないとフルに楽しめないものって何か違う、という気持ちがあります。離れた場所でネットワークを通じてつながる、ではなくてみんなが集まって空間を共有して楽しんでもらうことが大事だと思っているんです。家や学校で集まった時に楽しく遊んでます、という声をいただくとすごくうれしい」

 それが今、世の中に出回っているアプリとの差別化にもつながっている。「ネットワークを使わないことはおそらく大きな欠点でもあるんですが、それを抱えたままこの『リズムシ』さんと一緒にこれからも新しいアイディアを実現させていきたい」と、若きアーティストは最後に語った。

成瀬つばさ
成瀬つばささん

メディアアーティスト。国立音楽大学在学中は、音楽文化デザイン学科にてコンピュータ音楽を研究する傍ら、ジャズピアニスト・キーボーディストとして様々な演奏活動を行う。卒業後は多摩美術大学大学院に進み、現在はサウンド&メディアアートの分野で研究・創作活動を展開。 独学でiPhoneアプリの開発を始め、開発したアプリケーションはグラフィックから音、プログラミングまでのすべてを自身で手がけている。彼が制作した『リズムシ』はApp Storeで公開後、大きな話題をよび、現在では300万以上のダウンロード数を誇る。

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